前、「12000キロの憂鬱」というスーパーセブンの日本一周記を読んだ。

 内容はバーキンセブンに乗りアメニモマケズ、カゼニモマケズ、酷道ニモマケズひたすら南へ北へと向かう話なのだが、まあ、おもしろ珍道中記ではないし、脚色もしてない(と思うので)別に読んでも抱腹絶倒大腸小腸断裂四散ということにはならない。

 そこに書かれているのは一青年のバーキンとの走行の記録なのだ。

 別にこれに触発された訳ではないが、マイクロカーでキャンプをしたいと常々思ってた。

しかもK−3で。

「どうしてMC−1じゃないのか?」という質問もあることでしょう。

 MC−1ならとりあえず雨露しのげるしね。

 どう考えてもダレもK−3でキャンプしたいなぁ〜なんて思わないじゃないですか。そんなことするやつはもう本当にアホかと思うでしょう。

 しかーし、MC−1でキャンプならばきっとアクティブな奈良研のメンバーがやってしまうはず。

 私でないとできないことを考えたらK−3でキャンプというのは至極当然な判断なのだ。

バーキンだってキャンプしてるしさー。

 だが、バーキンというか、ふつうなセブンとKー3には致命的な違いがある。
バーキンには幌が着くけど、K−3には幌がない。
 本当に混じりけ無しのオープンカーなのだ。

 だれがこんな雨が降ったら困る車でキャンプしようと考えるのか?

 ふつうキャンプといえば、四駆である。
 屈強な四駆で道無き道を走り、まだ人が訪れぬ未開の地を見つけ、達成感とある種の征服感を感じながら夕闇迫る山の中でポコポコとパーコーレータでコーヒーを煎れるのがオトコのキャンプであろう。

 あるいは、ツーリングワゴンで大型バーナーにタープ・テント類をこれでもかと持ち込み、「よーし、パパは今日、薫製にチャレンジしちゃうぞー」とかオトーさんがにこやかに言う中で子供たちは芝生の上でフリスビーを投げて遊び、それを犬のジョンがこれまたうれしそうに追いかけるまだ午前11時のお昼前といったシュチエーションが思いつく。

 もちろんその妻「ヨシエ」は、「山の中って紫外線がシャレにならないのよねー」とかいいつつSPF値の高い日焼け止めクリームをワゴンの中で塗りたくっているのだ。

 これに対し、オープンカーでキャンプなどというと、イヤラシイ若い男女が、思いつきでホームセンターに立ち寄り、
「なー、キャンプっつったらまずは炭と焼き網ダヨナー」とかマサヒコが言うと
「ダヨネー、でも作るのダレやんの?アチシなんて料理無理だシー、っていうかアリエナイシー」とエリカが答え、
 とりあえずはブルーシートと花火を大量に買い込み、食料は近くのケンタッキーに行って調達し、デイキャンプのくせに「やっぱビールは必要ダヨネー」とか言ってキャンプ場近くの酒屋でビールを買いつつ、夜になったら無意味にロケット花火を打ち上げるという愚行をするイメージがあって何かと良くない。
 いや、偏見かも知れないが、「イヤラシイ若い男女」という時点でウラヤマシクもヨロシクない。

 この場合オープンカーは悪くないのだが、どうにもキャンプとはかけ離れた位置に居る車がオープンカーなのだ。

 ネットで「オープンカー キャンプ」で調べても、集団で材料を持ち寄りしかも天候に恵まれてうまく行きました!とか、いかに荷物を積むか?と言ったパッキングに終始している。

ああ、幌など付けぬ雨にも風にもマケヌ、孤高のオープンカーキャンパーはいないのか・・・。

 まあ、居てもそんなことをするのはよっぽどの変わり者かドMな人だろうなぁ(汗

ちなみに私はドMではないものの、「変わり者じゃないの?」と聞かれるとおなかを手で押さえてうずくまり、「なまねこなまねこ」と唱えてしまう方なので、ここは読み手のご想像にお任せしたい。

 とりあえず、目的地は福島市飯坂温泉をさらに山側へ上った所にある摺上ダムのキャンプ場として、出発日を東北地方が本格的に梅雨入りする前の6/9とし、一泊して6/10に帰るという漠然としたプランを立てたのだった。

 なぜ、摺上ダムなのか?

 これは国内で初めて「K−4のレンタカー業務」を始めた「すりかみ観光自動車」さんがその近くで営業しているからなのだ。
そこへK−3で行く。
 これって、オフ会??
 いや、あっちは、営業で使っていて別に愛車というかK−4のエンスーというかそういうのもちょっと違うカテゴリなのだけども、マイクロカーがたくさん集まったらなんとなく嬉しいじゃないですかー。
 いままで羨望のマナコで、奈良研の研究会などを見ていたのだが他人のマイクロカーと集えるというのがなんともコソバユく嬉しいものなのである。


 

 ずは出発に向けてやらなければならないことがある。

それは「長距離走行の感覚をつかむこと」と「上り坂対策」なのだ。
 これらは「ヨシエ」の日焼け対策よりも重要なである。

 なぜなら長距離ということはホームグランドからドンドン遠ざかるということである。

 マイクロカーユーザーがエンジントラブルをおこし所在なく右往左往しながら途方にくれてたとしても、せちがない世の中でこんな見ず知らずの他人へ救いの手をダレが差し伸べてくれようか?

 こうなるとトラブルが出ない方が良いに決まっているので、まずは安全目のセッティングを目指さないといけない。

それにはとにかく「濃い目」のセッティングは必須であろう。

なんと言ってもエンジンは空冷の2サイクル。
冷却に関して燃料が関わっている部分は少なくない。

 特に憎くたらしいピストン穴開きはピストン中央の冷却を担っている燃料が薄い時に発生しやすいのだ。

そして「登り坂対策」。

山に囲まれた東北地方は古来より上り坂と戦ってきたといっても良い。

人生に上り坂は自身を鍛えるために必要であってもマイクロカーが登り坂を上ってもなにも鍛えられない。
というか高負荷運転になるのでリスクばかり増えてしまって、いろんな所も消耗するし良いことがない。

 やれることというと軽めのウエイトローラーを選択することくらいしか思いつかない。

 この2つの対策をするために事前に「一歩間違えば失踪騒ぎの往復130キロの仙台空港往復訓練」や「最高速度30キロの涙の八木沢峠忍耐登坂訓練」などを行い、キャブのジェット類の選択や、ウエイトローラーの選定を行った。

結果、最高速度は60キロ程度で
 ・MJ100
 ・SJ48
 ・WR4.5×6
というセッティングが出来上がった。

あとは走行時の雨対策が問題になる。

選択肢としては
 ・合羽を着る
 ・ポンチョを着る

の2つが考えられたが、合羽の場合は着替えるのがめんどくさいし、ポンチョは持っているけども安物の思いっきり派手な青いやつなので、これでK−3を運転するとてるてる坊主のように見えなくもない。

これは恥ずかしくて死んでしまう、、、

 そこで、たまたま手元にあった透明のビニールシートを見ていて思った。
頭を出して、それ以外はガードできるトノカバーが有ればいいかなと。

 これを透明なシート以外の色付きでやってしまうとかなり異様な光景になるが、透明ならばあんまり目立たないのではないか?と思ったのだ。

 早速、気分はノッポさん状態で「でっきるかな、でっきるっかなぁ、さてさてホホ〜ン♪」と口ずさみながら作ったのがこの「アマテラス1号」だ。


素材はビニールマット、車体への固定は吸盤で行うといった具合。
デザインはベルトーネ風ジウシアロー仕込みであり、デフェンシャブルでありながらオフェンシャブルでもあるのだ。

ビニールマットはもらい物なので、吸盤8個と固定に使ったフック8個の力作である。

材料は全てダイソーで調達して¥315でした。

これが、雨天走行時にどれだけの戦力になったのかをこのときの私はまだ知らないのであった。

こんな準備をしつつ、遅くまで雨蛙さんとチャットしてしまい少々寝不足気味で出発の朝を迎えたのだった。




7時22分

 たばたしながらキャンプの食料の準備をする。

 まずは冷蔵庫ののこり物で飯をこしらえればいいか・・・と思いつつ台所で材料を探す。

今回は肉類のような腐ったら困る物は持っては行けない。

 忍者ならば干し飯でも持っていき、ササっと水に戻してゆっくりと咀嚼し、炭水化物が澱粉化するまで草むらに隠れて敵の様子をうかがい、ちくしょーこねーなー、今のウチに手裏剣の手入れでもすっかな、あ、そういやマキビシちゃんと持ってきたっけ・・・、この間は忘れてひどい目に遭ったなぁ、、、などと潜んでいればいいのだけど現代人でフツーなサラリーマンの私がまねするわけには行かないのでここはキャンプ定番の「カレーライス」をディナーに据えて、翌朝は同じ材料を使いカレールウから味噌に切り替えて味噌汁を作ろうと考えた。

 カレーライスなんて陳腐な定番料理を・・・なんて侮ってはいけない。

もはや国民食であるカレーは、さすがに毎日でたら家庭不和の原因になるかもしれないが、キャンプ場の開放的な場所で食べたらいつも以上に旨いのである。

どのくらい旨いかというと、思わず右手ですくって食いそうになるほど旨いのだ。

 さらに、カレーの材料の残りのタマネギとジャガイモの根菜コンビに味噌を使えば、ああ、なんと言うことでしょう、、日本の食卓の隠れた名脇役である「味噌汁」ができあがるのだ。

 もう、想像しただけで感涙むせび泣きしちゃうでしょう??

 ということでカレーのルウを探したら使いかけの「ゴールデンカレーの甘口」がでてきた。

 「ンナロー!バカにすんな!!イイオトナがそんな甘ったるいカレーが食えるか!ケッ!」っと悪態をついてさらに探したら「イエス、プリキュア5レトルトカレー」がでてきたのだった。

 キャンプ場でこんなの食べてたら人格を疑われるし、大体これはトオルのお気に入りなのだ。

 この中のキュアレモネードになぜか夢中で、「男の子なのに・・・」を親を落胆させているのだ。
あ、むしろ男の子なので好きなのか、ああ、なんだかわからない(汗
しかしそんな事はどうでもいいのだった。

 なんでいつもの買い置きの「ジャワカレー辛口」が無いのだ、、岩城滉一が宣伝してたやつが!」と、うろたえつつさらに冷蔵庫を探索すると「ゴールデンカレー中辛」が申し訳なさそうに出てきた。

 もう探すのも疲れてたので、「キミでイイよ。もう、贅沢言わないよ。自然の中で食べたらナンデモ美味しいよ」とつぶやきながら、この箱のカレーのルウを4個ほどタッパーに入れ、その他お米や調味料、ヨード卵光2個にシーチキンの缶詰をアルミ蒸着スポンジシート製のソフトクーラーバックに投げ入れ、食料調達の儀式を終えたのだった。

(荷物満載で重たい車重がさらに重くなったK−3。このときは曇っていたけども雨はまだ降っていなかった)


 気付ばもう時間は8時近くなっており、あわててK−3に乗り込んで給油のために近くのスタンドまで行ったのだった。

 道中を考えると、めいっぱい給油していた方が良い。
うちのK−3はそれまでハイオクを入れてたのをレギュラーに変えた途端、ピストンに穴が開いたのでそれ以来怖くてハイオクを入れることにしている。
今回の給油は4.56L、¥648であった。



トリップメータは1910km。これがどこまで伸びるのか楽しみでもあり、不安でもある。
この複雑な思いを反映するように空は鉛色の雲で覆われていた。



8時00分

 給油を終えて、第一の難関八木沢峠に向かう。
ちなみに、この八木沢峠、ネットで検索したところ、「昭和52年の現道開通までは、阿武隈高地最難所の峠と綽名され、恐れられていた」らしい。
・・・・そんな凄い所だったのか。

 地元民なのに全く知らなかった。
そういや、小学校低学年の時にバスで八木沢峠を通った記憶があったのだけど、その時はバスが谷底へ落っこちるんじゃないかと幼心にビビるほど恐かったなあ。
 当時はまだ砂利道な所もあったはずだ。

 先週の八木沢峠アタックでは、荷物を積まない状態で行ったが今回は荷物満載。
しかし、WRの予備もあるしどうしようも無くなったら交換しながら進めばいいやと楽観視してK−3を走らせる。



 長い直線の緩やかな上り坂を上っていく。
この時点では60キロkm/h、8300rpmくらい。至極快調に飛ばしていく。
ず〜っとこの調子で走っていけたらなんの問題もないのになぁ、、


 

 こんな森に包まれた中にも人は住んでおります。
といっても市内からわずか10数分移動しただけなのだが。

 この辺って牛虻(ウシアブ)と呼ばれるでかい蜂みたいなのが夏場はウヨウヨ居て、「ギュイーン」とか「デババババ」とか羽音を豪快にあげながら人に向かって突進してくるのだ。
 こいつらは刺さないが「噛みつき攻撃」を行う。

 これがまた、メチャクチャ痛い!

 どつがまだ少年の瞳をキラキラさせていた頃、山の中にある発電所近くの川で泳いで遊んでいた時に、こいつらに襲われた事があった。
水の中に潜って居るときは良いのだが、水面から体を出すと襲われてしまう。

 しかし、人間は肺呼吸をするしかないのでどうしても水面から顔をだす。その瞬間、先ほどの好戦的な羽音を立ててやってきていきなり噛むのだ。
これはヒッチコックの「鳥」のような恐怖感で、人間と虫の関係が全くもって逆転した状態になっている。

 川には友達数人と遊びに来てたのだが、他の連中も襲われているみたいで、川の所々から「ヒャー!」とか「ウゲー!!」とか「イテテテテ!!」といった全体的にカタカナ語の叫び声が山の中に空しくコダマし、結局は海パン一丁で自転車にまたがり這々の体で逃げた記憶がある。



 こんな古い記憶を呼び起こしつつ八木沢峠に向かう。
写真奥にちょっと山らしきものが見えるがあそこが峠なのであった。



 現在八木沢峠をアタック中。こんな感じで山をいくつか越えていく。
途中いくつかの登坂車線があるものの、基本的に一車線なのでこのK−3の後はどんな光景になっているかはマイクロカー乗りの皆さんには「推して知るべし」である。
 マイクロカーを乗るならば、後に渋滞が出来ようとも微塵も揺らがない心と、そそくさと路肩に車を停めて適当な間隔で後続車を先に回す心遣いが必要である。
 強くなければマイクロカーに乗れないし、優しくなければ乗る資格がないのだ。

 でもって現在の速度は・・



30km/h、7500rpmである。
この瞬間、K−3は原付カーなのだと実感する。
これはマイクロカーが例えカウンタックのようなボディを模していても避けられない現実なのだ。
でも悲しんではいられない、、トリップメーターも「イクイク〜!」とガンバっているではないか。元気だせ!自分。



 で、なんとか下りを利用して前の車に追いつくも、バックミラーは正直だねぇ・・・・。
しかし、デジカメで撮る曇り空はどうしてこんなに青空っぽくなるんだろうか(汗

八木沢峠アタックから15分、ようやく下り坂をブイブイ言わせて走り抜けトンネルに入る。
でも名前がイイよねぇ。このトンネル。「石ポロ坂トンネル」って言うんだよ。


 ネットで検索すると結構ヒットします。



 トンネル内はヒトダマがウヨウヨいた!!こえ〜〜!!
この町境のトンネルを抜けると・・・・

8時19分

 飯舘村に突入〜!



 飯舘村は私の住む南相馬市と八木沢峠を挟んで隣り合っているのだが、南相馬市側から吹き込む暖かい風と飯舘村の山の冷たい空気が八木沢峠を境にして結露し大雪や大雨を飯舘村に降らすのだ。
 冬などはこの峠を境にして全く別世界が広がってくる。
心なしか雲も厚くなってきた。

ここが飯舘村のメインストリート。
実に閑散としているが、東北の村はだいたいこんな感じだろう。

 飯舘村唯一のセブンイレブンで休憩する。
ロングドライブは休憩が大事。
 ここではキャンプ資金をATMで下ろす事にした。
いつも使っているイーバンクのカードを入れて、ATMを操作して暗証番号を入れて引き出し金額を鼻歌交じりに入力したのだが、

「このカードではお取り引きできません」

になってしまう。

「レレのレ?」と思いつつ、何度か操作するものの、同じメッセージ。

ガ〜〜〜ン!!!・・・・衝撃に目がくらむ。
ここまで来てお金が引き出せない、、
っていうかなんで取引出来ないの!?

 慌ててイーバンクに電話した。

「あの、んと、んと、ぼ、ボクのカードが・・」とほぼ4歳児の語彙でしゃべりかけた時、「サービス時間は朝9時からです〜」と自動音声の空しいメッセージが。

 まだ、この急速に勃発した問題を解決するためには40分近く待たないといけない。

 朝飯を食べていなかったので、ここで買い物をする予定だったのだが、急に心細くなり、とりあえず手巻き寿司いくら¥150とアクエリアス500ml¥125を購入。

 駐車場で失意のまま頬張る。美味しくないなぁ・・。

 もしかすると、これは全国的にイーバンクのシステムに障害が起きているのかもしれない。
もしかすると、もしかすると、イーバンクの経理担当者の誰かが横領を密かに行っており、その発覚を恐れてイーバンクの顧客情報を消去し青森へ逃げているのかも知れない、、、、

 とめどもなくこんな疑心暗鬼に襲われながら、ここで時間をつぶしてもしょうがないので隣町の川俣町へ向かうのだった。



8時47分

川俣町通過!



川俣町は別名「コスキン」の町とも言われているらしい(自称なんだろうけど)。
最初、このコスキンが何を意味するかわからなかった。

「たぶん、コスプレしたマネキンの町」だろうと勝手に思っていた。

 「アキバを徘徊するヲタクを集めて町おこし」
なんともダイナミックな施策ではないか。

 ヲタクは趣味のためならばお金を惜しまない。

マネキンにメイドやアニメのキャラクターの格好をさせて町中に配置しヲタクを集客する。

何なら1体10万円くらいでコスキンを販売したとしても喜んで彼らは買っていくことだろう。

川俣町は昔、蚕を使って絹を生産し、大変栄えた土地柄で有るのでそんなコスチューム作ることなど造作もないようなオバアのテダレがウヨウヨいるはずだ。

しかし、ヲタクの町への流入と引き替えに治安は多少悪化するかもしれないが、町が栄えるというのはそういうことなのだ。



でも、おかしいことにこのコスキンを2体しか見ていない。
「コスキンの町」と書かれた看板の所に少年少女のグリム童話の衣装のような服を着たコスキンが有るだけなのだ。
しかもいたってフツーの格好をしている。

おかしいなぁ・・・・と思いつつすでに1年ほど経つ。



どうせなのでK−3を停めてW−ZERO3でネット検索をした。

すると驚愕の事実が!!

なんとコスキンとは、コスプレしたマネキンではなく、都市の名前であった。

何でもそこと友好都市関係に川俣町があるらしい。
アルゼンチンの町だそうで、中南米の音楽をケーナなどで演奏しながら、民族衣装に身を包んだ川俣町民が町中を練り歩くイベントもあるとか。

 あまりの展開にちょっと肩を落とし、そういやついでにイーバンクのサイトに今回のATMの障害について何か告知がないか確かめてみようと思いページを開いた。

いたって問題もなさそうないつものページが開いた。

うーん、、危機管理がなされていないなぁイーバンクは。今現在も多くの顧客がATMを使えなくなって困惑し絶望の時間を過ごしているというのに・・・・。

いらだちを覚えつつ、イーバンクにメールしようと自分のアカウントにログインして、見慣れない表示に気づいた。

「ATM出金一時停止中」

はぁ??なんか悪いことでもしたっけ??と思った瞬間、ちょっと前のブログの内容を思い出した。

 北陸の方に出張に行った帰りに財布をなくしたと大騒ぎして、結局は会社の車から出てくるというオチがあった事件の時に「何かあったら大変だから」と、ネット経由でATM出金停止にしてたのだった。

 この場合入金なんかはフツーにできてしまうので全く今回の出金を行うまで解除してなかった事実に気づかなかったのだ、、、

 ネットからの操作でこの停止を解除できたので、たぶんATMはつかえるようになったはず、、

うひゃ〜〜〜!!ご、ごめんなさいっ!!イーバンク様。

私のうっかりミスでした。

こんなアホなネット検索で充分K−3も休んだことであるし、再びエンジンを始動させ福島へ向かう。



川俣を抜けて飯野町を通過する。

町と行っても国道沿いは何もないところだ。

川俣から飯野にかけてはしばらく上り坂が続く。

K−3は苦しそうなエンジン音をあげつつ少しづつ坂道を上がっていく。

それに従って後ろに並ぶ車も多くなってきた。

再びプレッシャーとの戦いである。負けるもんか〜〜!!でもって、みなさんごめんなさいー!!

 飯野町に入ってからセブン−イレブンに入りATMから旅の資金を無事卸した。

うぉーしっっ!!もう、大丈夫だ。目下のところ資金は充分である。ガソリンをガンガン入れつつひたすら走るのみだ。

待ってろよぉ〜!摺上ダム!!

まなじりを厳しく上げつつ、キッ!っと西の空をにらみ付けるのであった。

9時25分

そうして、福島市突入〜〜!!



ようやく福島市へ入った。

南相馬市を出発すること2時間である。

これまでの上り坂は下りへと変わり、滑るようなスピードでK−3は走る。

ブレーキを上手く使わないと前の車にぶつかりそうなくらいにパワフルだ。

この坂道は福島市内を一望出来る景色の良い所なのだが、K−3のこの低さではガードレールしか見えない(汗

しかし、福島に入って一段と雲が出てきているなぁ。

いつ雨が降り出してもおかしく無い状態だ。

でもこんな時はトンネルがありがたい。



もしトンネルの中でK−3がストップしてしまったら・・・・と多少ビクビクはするものの、雨が降っても濡れないことの心強さは何物にも代え難い。

しかし、心強いものの、トンネルは恐い。

これで、ヘルメットでもしているならばそれほどでもないけど、風と音がものすごいのだ。
このものすごさを体感するならば、助手席の窓から頭をまるまる出して時速60キロくらいで走ってみると体感出来る。

国道などではとなりを大型トラックが走ってもどうってことないけど、この閉鎖空間で走られるとかなり威圧感がある。

少し、心が折れつつも福島市内を抜けて国道13号線を米沢方面に向かって走っていく。

 MC−1でこういった国道を走ると、ショートホイールベースにショートトレッドということもあり道路のワダチにめっぽう弱く、「まっすぐ走ることすらテクニックが必要」になってしまうのだが、K−3の場合、全くそんなこともなく楽に運転出来る。

そういった意味では長距離向きなのだが、これに幌が付いたら無敵なんだろうなぁ・・・・。とつくづく思う。




 この時点で少しづつ雨が降ってきた。
アマテラス1号を使うかどうか悩みつつも、フューエルメータの針が半分になったのでガソリンスタンドを探す。
程なくスタンドが見つかって給油を行う。

 K−3のフューエルタンクは7リットル程度。
燃費は15km/Lくらいなので、満タンで100km走る計算になる。

 そうなると遠出をする場合、ちょくちょく給油するかガソリン携行缶を持っていないと途方に暮れるハメになるので注意が必要だ。



 今回の給油は3.48L。¥519になる。
 ここはセルフじゃないので、自分で給油することは普通出来ないのだが、車が車だけに「自分でやってもいいですか?」と聞いて給油させて貰った。

ここで摺上観光自動車の澁谷さんに電話をする。
これから向かう旨を告げ電話を切った。

 直接摺上ダムに向かっても良いのだけど、いずれサービスを行う飯坂駅前の事務所も見学しておこうと思った。

そこで、飯坂温泉に目標を変えてK−3を走らせる。

再び国道13号線を米沢に向かって走らせる。


 土曜日の午前中ということもあり、自家用車が多い。
サングラス越しにそれぞれの車内に目をやると、「わわ、なんだあれは」とか「ひゃー」とか言う感じでこちらを目を丸くして見ている人が多い。

 まあ、自分的には至って平常心で走っているのだが、なんともこそばゆい。
しかしこういった注目を集めてしまうのはマイクロカーに乗っている限り仕方ない。

 マイクロカーの良いところはこのようなシュチュエーションで決して相手に威圧感を与えないところである。
それは小ささ故のものであろう。

こんなにも小さな車なのだけど、K−3に於いては全く普通の自動車と同じように路面に翻弄されることなく走ることが出来る。

 それにしても、自分で作った車で国道を堂々と走るなんて、すごいシュチュエーションでは無いだろうか?

 自動車を作る会社にでも勤めていれば、車の一部分を作ることは出来ると思う。

 しかし、マイクロカー、それもキットカーの場合、この手に握られているハンドルから延びているステアリングシャフト、ギアボックス、そしてリンクを経由してサスペンションに支えられているタイヤに至るまでがすべて私が組み立てたものなのだ。

 組み立てる前の1つ1つの部品は単体ではなんの用もなさないものだが、それが組合わさって有機的な動きを作り出すことが出来る。
 そしてそれに乗って旅をする。

じっくりとかみしめるようにこの事を考えるとこれはもう、、本当に凄いことなのだなぁ〜と今更ながらに感動する。



 飯坂の看板を見てしばらく行くと、国道を横切るように遮断機の無いなんとも妙な光景の踏切が現れる。
ここの踏切を右に曲がると飯坂温泉なのだ。



こんな感じで道路と併走するように福島交通飯坂線が走っている。
なんと大正13年に開業し、現在も走っている線路なのだ。



しばらく進むと、「ようこそ・・・いで湯の飯坂へ」の看板が出迎えてくれる。

「ようこそ・・・」という「・・・」に作り手の迷いというか時代なのかなーというか何というか上手くふき取れない大便的なものを感じるのは私だけであろうか。

イマドキならば「ようこそ〜!」もしくは「ようこそ〜♪」さらに軽薄ならば「ようこそ〜 (^o^)/~」と表現を付けるのが妥当であろう。

 こんな雰囲気ならば「おお、これは湯に浸からねば〜♪」と気持ち幾分軽快に、スキップ踏みつつ足くじくといった一種の千客万来大挙動員の輪廻といったサイクルが出来るかもしれない。

看板に昭和の匂いを感じつつ、下をくぐって飯坂へ入る。



まもなく茂庭 399号線の文字の入った看板が見える。
摺上ダムへ直行するならば、ここでハンドルを切って進むのだが、ここはグッと我慢してハンドルそのままに通過する。
ちなみに「グッと我慢している」手はこんな感じ。



 我慢すること数分、飯坂温泉駅に着きました。



 思っていたよりもイマドキな雰囲気の駅でした。
しかし、2002年には「東北の駅100選」に選ばれたとか。
選定基準がいったいどのようなもので、そこに選ばれるとどんな栄光があるのか良くは判りませんが、まあ、良かった良かった。



 摺上観光自動車の飯坂営業所の場所が判らないので、W−ZERO3で探してみる。
が、よくわからず、、、

こんな時は昔ながらの方法が一番良い!ということで・・・



 飯坂駅で営業している「フレッシュみよし」で聞く。

威勢のいいおばちゃんが「あんたと同じ車を摺上観光で乗ってたよぉ」と教えてくれた。

そうそう、その摺上観光に行きたいんですよと伝えると、
「あ〜、今はダムで営業してて、そこの事務所は閉まっているからダムにいきな」と言う。
あ、でもその閉まっている営業所に行きたいんですけど・・・と言うのだが、「だから、閉まっているからダムに行きな」とまったくかみ合わない会話をすること数回。

10時26分

とりあえず、橋を渡ってすぐの場所に摺上観光自動車があるということを知ったので、そこへ向かう。

ちなみに、場所はココ



判りやすい看板が出ておりました。
三輪自動車レンタカーで判るように、トゥクトゥクのような三輪自動車も取り扱っております。
っていうかメイン??



こんな町ビルが「湯野営業所」になります。
ここには、レンタカーのチラシが貼っておりまして・・・


なんと、チラシを持っていくだけで、10分お試し無料になってしまう、、
赤いK−4と青いトゥクトゥクでダム湖を走ったら気持ちよさげです。

チラシをよく見ると「平成19年4月25日午後6時ミニカートは無謀にも大宮から自走搬入されます!同時に記念展覧會をレンタルカート車庫にて開催します」と書いてあります。

う〜む、、確かに「無謀」だと思う(汗

しかもこの日は雨降ってたとか。
こんな南相馬市から摺上ダムに行くよりももっと凄い冒険を彼らはしてたってことですもんね。



ちなみに現在湯野営業所に行っても営業は摺上ダム上流の営業所で行っているのであしからず。
ここはいずれK−4が4台揃った時に来てくださいね!

 さて、いずれ目玉になるであろう湯野営業所を確認したので、K−3を摺上ダムに向けて走らせる。



飯坂はこのような古い温泉街の町並みと急な坂がパズルのようにちりばめられて出来ている。
福島県に住みつつも今回初めて飯坂温泉に足を踏み入れてみた。

驚くほどの温泉旅館が建ち並んで、ここが本当に湯の町ということを実感させられる。
しっとりとした空気に包まれて、K−4を走らせたら気持ちいいだろうなぁ〜と想像すると楽しくなるね。



 飯坂市内を抜けて郊外に出るとこんな感じに開けた道路に出る。
ここをどんどん進んでいく。
 行く手に広がる山並みがこれからの上り坂を予感させる。



 摺上ダムのずっと手前の所にある吉川屋という温泉旅館が遠くに見える。
後日知ったのだが、摺上観光さんと吉川屋でタイアップ企画が出来たそうな。
  【レンタルカート付き!】パパの運転で自然散策♪プラン



 茂庭 摺上川ダムの文字が見えてきた。
あとはこの399号線を上っていけばたどり着くはず。
期待に胸躍らせつつ、K−3のアクセルを踏み込む。
スポーティーなエキゾーストノートを響かせてK−3は応えてくれた。



 まるで山の中に入っていくかのようなトンネルが現れた。
が、実際は山の斜面の道路に沿って作られたトンネルだった。
長さも短いが柱の隙間から弱々しく入ってくる日差しが柱の陰とコントラストを作り出し、光と陰がK−3のボディを滑っていく。



 いきなり道が細くなり山道になる。
でもK−3ならば、まだまだ広々。MC−1ならもっと広々。コンボイ88ならさらに広々(笑

 濃密な山の空気が鼻腔をくすぐる。
 大きく深呼吸するとK−3の2STオイルが燃えた匂いが鼻を突き刺す。
まあ、これはこれで風情があっていいねぇ〜。



途中何度も「熊注意!」とか「熊出没!」という看板を見つける。
この辺に住んでいる人は大変だなぁ〜と思いつつ、自分の住んでいる南相馬市でもツキノワグマが山の中に出ることもあるので、よくよく考えればそんなに差がないことに気づく。
田舎の細い道は、またやや広い道になりました。

この道をしばらく進むと、この看板が出てきます。


 そうして写真左下の上り坂をエッコラと上っていくと、左手にダムが見えて来ます。

10時49分



 でかーい!!第一印象がまさにコレでした。
果たしてこれは万里の長城なのか?それとも超古代文明の遺跡なのか?イデの力が発動するのか!?とドキドキしましたが、これがいわゆるまあ摺上ダムってわけですね。



 この坂道も結構きつく、35km/h程で上がっていきます。
メータは1988キロ。南相馬市から87キロほど走ってきたことになります。
 あ、顔が一部映っちゃった(汗



ダムに上がる途中、こんな看板を発見。
その先を見ると・・・・



 このような箱モノが。
レンタサイクルとトイレは無料で貸しだしてくれます。
で、当然展示物観覧も無料なので入るしかないですね。



 中には摺上ダムが作られた茂庭地区の民族資料がいろいろと展示されております。
精神レベルは完璧に小学校の社会科見学状態になりました。
まあ、見た感想も小学校でよく行った社会科見学の「ソレ」の時と同じだったのが、「興味無いのだからしょうがないよねー」と自己弁護しつつ、施設の人の目線を気にして(すぐにはでれない)ブラブラと見学します。

すると!こんなところでオロチが!!



なんで「恋」??と疑問を持ちつつ、W-ZERO3で情報検索。

「田原藤太秀郷は平将門の愛妾桔梗の前と恋仲になり、影武者の見分け方を聞き出して将門を滅ぼした。
桔梗の前は秀郷を恨み、生国伊達郡藤田村を訪ねたが、秀郷の行方はわからず、蛇身になって菅沼の主となった。
人身御供をよこさないと村を泥海に変えるというので、村人は金を集めて娘を買いに行く。下総の周防という浪人が
主君の年忌供養のために娘を売った。
周防の耳にも人身御供の話が聞こえ、大蛇退治に出かけ、白鳥明神の神通のかぶら矢で大蛇を退治した。
この噂を湯野村の阿部道学親子が聞き、武名を上げようと襲ってきたので返り討ちにした。周防は茂庭の領主となり、
大蛇と阿部親子の首を祀ったのが三社権現。」

 うーん、こっちのオロチは退治されちゃったみたい、、
こっちよりも光岡のオロチを展示したらお客さんくるだろうなぁ・・・と思いつつ、施設を出る。



お次は摺上川ダムインフォメーションセンター。
こんな立派な箱モノが出来ております。


ここから下を見下ろすとこんな感じです。

 ダムの下には、キャンプ場やバーベキュー広場、親水公園などがあります。
綺麗に整地されていますが、整地前はどんな光景だったのか・・・想像すら出来ないですね・・・・。


土曜日ということもあり、観光客もそこそこおります。

ちょうど奥さんの写真を撮っていた老夫婦がいたので、「一緒に並んだ写真とりますか?」と声をかけた。
お爺さんはちょっと照れくさそうな顔をしながらも、「お願いできますか?」と言うので写真を撮ってあげた。
久々のインスタントカメラで、デジカメの癖でシャッター半押ししようと思ったらシャッターが落ちてしまい、あわてて巻いてもう一度シャッターを切る。

 老夫婦は満面の笑みでフィルムに収まりました。
ふと、光岡進会長から頂いた年賀状のK−3に乗った会長と脇にたたずむ奥さんの写真が頭をよぎった。
年を重ねてからこういう風に写真を撮れる夫婦になれたら素晴らしいだろうなぁ〜とつくづく思った。
でもって、ウチは無理だろうなぁ〜としみじみ思った。



 駐車場で休憩しているK−3。
ながーい上りだったし、休み休み行ってます。
充分エンジンも冷えたかと思うので再び出発。



 雨がぽつぽつ降ってくる。
う〜ん、、トンネルへ急げ〜〜。



 チャンバー音を反響させつつトンネルを駆け抜ける。


トンネルを抜けると少し雨が止む。
こんな気まぐれな天気に翻弄されながらK−3を走らせ続ける。

11時12分



ようやく、すりかみ観光自動車へ到着〜!
黄色ちゃんと赤くんが雨に打たれてお客さんを待ってました。
奥にはトゥクトゥクの2号車が出番を待っております。

社長の澁谷さんと専務の小松さんが待っていてくれました。

K−3でここまで来れたことに思わず感慨深げになったのと、なんか照れくさくなってクラクションで挨拶しつつ、手を振ってみる。
澁谷さん達も手を振ってくれた。

 その後、ここまでの道のりや摺上ダムの坂道がきつかった話などをしていたが、お客さんが来たので話は中断した。
お客さんは夫婦+三人娘で、すりかみ観光自動車ではダレでもこの様にK−4に乗って写真を撮ることが出来る。
最初は子供達だけで乗せようとしたが嫌がったので(笑、お母さんが「ほら!大丈夫だよー」と乗った。
すると、子供達も我先にと乗り始めた。
 お母さんはえらいなぁ・・・。
でも、たぶん、赤ちゃんを抱えるお父さんが一番乗りたかったはず、、、

それにしても、試しに乗って写真を撮る人はいるものの、借りて運転する人はナカナカ出てこない。



 そんななか、暇になったのでこの通称「黄色ちゃん」(勝手に命名)を借りて乗ることにした。
すりかみ観光自動車のK−4は、
・レンタル料金 ¥500/分
・補償金 ¥500
の計¥1000でK−4を借りる事が出来る。
補償金っていうのがピンとこないが、これはまあ、レンタカーなので決まり事なのである。

 このルールによると30分なら¥1500で借りる事が出来るのだ。
サーキット場などの場合、カートコースを3周程度3分間走行しただけで¥1000〜¥2000はかかるのでこのレンタル料金は破格だと思うのだが。

12時03分

ともかく小松さんに¥1000を払ってレンタル規約を読み、早速乗り込むこととする。



 K−4のコックピットは、K−3と違いなんとなく足元ゆったりな感じである。
左右よりも上下に余裕がある感じであった。
 インスルメントパネルには走行時の注意点なんかも書いてある。

 キーを捻ってからゆっくりとブレーキペダルを踏み、スタートボタンを押してエンジンをかける。
軽やかな2STのエキゾーストノートを奏でながらK−4が始動する。
 いやはやなんとK−3に比べたら静かなことか。

 道路上に車が来ないことを確認してアクセルを踏む。
通常ならば、少し走った所でブレーキの動作確認をするのだが、そこはほら、K−3というかMC−1も持っている私なのでそのまま走り出した。

 マイクロカーのブレーキが普通車よりも効き難いと言われることがあるが、ようは力一杯踏めば効くんですよ。
これはエンジンの負圧を使わず油圧だけでアシストしているので仕方ないけれど、普通の車に比べたら車重が軽いので特に問題にはならないでしょう。

 こんな感じの見通しのいい道をK−4で疾走する。

っていうとカッコいいけど、実際はノーマルなので疾走という意味からするとほど遠い(汗
う〜ん、、妥当な言葉は「走行する」になるかな、、、

だけど、本当に静かに走ります。



 遠くに見える山並みもゆっくりと動いていきます。
それにしても緑が濃い所です。雨模様ということもあって空気も濃密な感じ・・・・。
 こんな所に住んでいたら鼻毛もナカナカ伸びないだろうなぁとどうでも良いことを考えながら走り続ける。




人生は平坦路ではないけれど、ここ、摺上ダムサイトの道路も多少起伏に富んだ路面になっております。
ということで、まあ、平均時速は45キロくらいで走りました。
「通常走行40キロ前後で」と注意書きには書かれておりましたが、ちゃんと守っております。



 ダム・インフォメーションセンターの駐車場まで来てみました。
ここは観光客が多いので宣伝代わりです。
 だいたいレンタカーの事務所からここまでを往復すると15分コースになります。
ここの駐車場にK−4を停めておくだけで集客効果は抜群!
 ついでに記念撮影をしました。




 これはリアビュー。
「レンタカーすりかみ観光」のロゴがレンタカーであることを証明してます。
しかし、ここからみるとK−3に近いけどもでかいヒップラインが血液型O型の私を魅了します。(なんのこっちゃ
カッコイイでしょ〜??K−4。



さんざん見せびらかしたのでレンタカー事務所に戻ります。
このころになると天気も良くなってきて本当に景色も最高な状態になってきました。
ダムサイトをオープンカーで走るって気持ちいいなぁ〜。

 ダムが出来る前は、こんな道もなかったけれど集落がここには有りました。
かなり厳しい環境だったと思います。
 なんと言っても猿が多いので猿との戦いの歴史だったことでしょう。
さらに冬場はシャレにならないほど雪が積もるので春まで自由に活動すら出来なかったと思います。
 そんな人々の集落を犠牲にして出来上がったダムですが、その人達がいつも見ていたここ茂庭の風景は本当に綺麗でした。



とまあ、感激しつつ、K−4で走ってたのですが「どつぼの神様」はここにも降臨したようです。

12時18分

 下の写真を見てダレもが「ノンキにトンネル出口で写真撮ってるんじゃねーよ!」って思うことでしょう。
しかし、悲しいほどに緑に映える黄色ちゃん。



 歩道に貯まっている水たまりが少し前まで雨が降っていたことを物語ります。
しかし、山特有の強い日差しでどんどんと蒸発しているのでした。
 これは少し見下ろしたアングルでのショット。

 こうして見るとK−4って意外にでかいです。



 ボディには多少褪せたものの、「MICRO TYPE−R」のシールが。
これが本当に試作車で幻のTYPE−Rであることがわかる。



 K−4は220台も製作されたが、この黄色ちゃんは非常に希有な存在であることをこのシールで伺い知る事が出来る。
 この試作車両はおそらく大蛇お披露目の時にも居た1台であろう。
 あのセンセーショナルな発表会の時に光岡進会長の傍らにしたマシンなのかもしれない。
 そして、横野工場のマイクロ課の人たちの熱い情熱を一身に受け、過酷なテストをクリアし、松浦さん自身がハンドルを握ったマシンなのかも知れない。

 ああ、なんという幸せ。

 そんな貴重なマシンに乗って、こんな良い景色の道路を走れるなんて。
 思わず感涙で周りの景色がゆがむ。
 「この時代に生きてきて良かった。そして、こんな貴重なマシンに乗れて本当によかった、、、」としみじみ感じた。

・・・・さて、こんな感じでトンネル出口での現実逃避を色々としてたものの、もはやここまでかという感じになってきた。

 実はトンネルを抜ける直前に、エンジンがストールしたのだ。
ストールする瞬間に、アクセルをブワンブワンとふかしても失速するような感じで停まったのだった。

 この黄色ちゃんは、1ヶ月ほど前に初めて出会ったのだが、その時は橋の上で数人の男達に囲まれた状態であった。
まるで浦島太郎の亀のような感じの光景だった。

 「あー、チミたち、亀、もとい、K−4をいじめちゃいけないよ」と車を降りて駆け寄り、事情を聞いたらピストン穴あきであった。

ふと、「ピストン穴開き」の文字が頭をよぎる。そして復旧の悪夢もよみがえって来た。

「・・・・マジですか、、」と小さくつぶやき、肩でため息をつく。
そうしてゆっくりとブレーキペダルを踏んで、スタートボタンを押す。

 すると予想に反してエンジンが掛かった。

「あ、なんだ穴あきじゃないじゃん!オドカスナヨー」と気が動転しているので少し片言の日本語になりつつも少し安心する。
でもってさあ走るぞ〜!と思い、アクセルを踏むと全く吹け上がらない。
っていうかアクセルベタ踏みで3000rpmってどういうこと!?

「ブモモモモモモ・・・・」と言いながらクッサイ煙を吐くK−4。

 だ、抱きつきか!?
っていうか、こんな山の中でK−4が沈黙してしまい、思わずこっちが誰かに抱きつきたい衝動に駆られる。
 生憎、PHSでは圏外なので助けを呼べない。
っていうか、PHS置いてきちゃったよ(涙

 こうなると残された道は2つ。
1)助けを待つ
2)K−4を押して行く

 山の中で遭難した場合、間違いなく前者を選ばないといけない。
天気の変わりやすい山の中で体力を消耗するような行為や、沢などに転落する危険性のある行為は避けた方が良い。
 人間の体力なんて、乾電池にも劣るようなものだ。
特に恒温動物の宿命として、無理に動いてしまい体力を消耗し基準体温を下回ったら気付かぬ内に最悪の事態へまっしぐらというケースさえあるのだ。

 まして、すでに雨が上がって強い日差しの中、ぐんぐんと気温が上昇しているこの状態でK−4を事務所まで押して歩くなどどいう愚行は間違いなく血中の水分比率を低下させ、血液をドロドロ血化させて、いずれは脳血栓によるくも膜下出血、良くて右側頭葉の脳梗塞を誘発しかねない。
 だから、じっとして居なきゃならないのだよと言い聞かせてみるものの、助けにくる確立もかなり微妙だ。

きっと澁谷さんとか「あ〜。どつさん楽しんでいるなぁ。帰ってくるのおそいなぁ〜。どこまで行っているだろうなぁ〜。フフフ」なんて楽観的に考えているのに違いないのだ。

そう思うと居ても立ってもいられず、悩んだあげくK−4を押した。

しかし、K−4をもってしても片道7分の距離。
時速40km/hということは、分速666mで計算すると4662mなのである。
っていうことは4.6キロ!?このK−4を押して行かないといけない。

ありえない〜〜〜!!

でもコレって悲しいけど現実なのよね、、と誰かがささやく声が聞こえる。
ガンダムフリークではないのだけど、確かに聞こえた。

 膝から崩れそうになりつつも、気力で持ちこたえてK−4を押していく。

「ああ、マイクロカーが軽くて良かった。ビバ!マイクロカー!」とあまりの疲労に死語も織り交ぜて止めどもないことを考えてしまう。
っていうか、現実要逃避しながらK−4を押していった。

 それにしても体を動かしていることと、この日差しで汗だくである。
若い女性の汗だくな姿はそこはかとなくセクシーであるが、いいオヤジが脂汗をかきながらK−4を押す姿など色気のひとかけらもない。
っていうか、たぶん体中から変な汁が出ていたことであろう。

・・・・どのくらい押しただろうか。

いっこうに出口の見えないトンネルをはいずり回っているかの如く、まるで地べたに置いた瓦をひっくり返したら慌てて右往左往するワラジ虫の如き「アタフタ感」でK−4を10分以上押していた。

すでに体力は限界に近い。

時折休んでみるものの、その回数も増えて一向に前に進めていない感じだった。

・・・どうなってしまうのだろうか。
ダレも通らない山の一本道で途方に暮れるのであった。

それでも気力を振り絞りつつ、K−4を押していく。
行程の1/3くらいは押しただろうか。ふと前方を見上げて事務所の場所を探してみる。
しかしこの場所からは見ることも出来ず、萎えそうになる。

12時48分


そんな時だった。

澁谷さんがトゥクトゥクに乗って颯爽とやってきたのだ。ニコヤカに。

思わずこっちもニコヤカになって手を振る。

救世主がキター!!心でそう叫んだ時は喉はカラカラ、全身汗だく状態でフラフラだった。



 澁谷さんはすべてを察したようで、トラロープを出してきた。

「エンジン停まったんですか??」と聞かれたので現状を説明した。
まずはエンジンが始動出来ること。ピストン穴あきとは違うこと、焼き付きかも知れないと言うこと。
それにしても黄色ちゃん、あんた、2回目だよ、、、ストライキ。

 お互いに「お客さんがトラブらなくて良かったねぇ〜」としみじみ語り、トゥクトゥクで牽引してもらう。
エンジンもかけていないK−4は非常に静かだ。

 すでにEVを越えていると言っても過言ではない。

 K−4がEV化するとこんな感じになるのかなーとか平和的なことを考えつつ、時速20〜30キロで巡航する。
この速度域ならば、余裕で周りの風景を見ることが出来る。
先ほどまでの「地獄の体育会系合宿K−4自主牽引5km強化鍛錬」の時間は一体なんだったのか?と聞きたくなるほどの平和な世界がやってきている。

「ああ、戦争が終わって良かった。本当に良かったよ、おばーちゃん。」と亡くなった祖母に感謝しつつ、事務所まで牽引して貰った。

まずは現状把握ということで、エンジンをかけてアイドリングはするものの、すぐに停止することを確認した。
次ぎに、アクセルを入れてやると「ブワワン、ブワワワン」と2000〜3000rpmくらいで回転することも確認した。

で、結局は埒があかないということで、シリンダバラして中をみるか〜という話になったが、念のためキャブの詰まりもあるかも知れないということでキャブの確認をした写真がコレ。



「・・・・あのね、んとね、メインジェットは外してないんだけどね、開けたらこんな状態でね、んとんと・・・」と思わず幼児退行化現象を引き起こしてしまいそうな「現実」がそこにはあった。

 これじゃ無理だ。絶対無理だ・・・・。

 どうですか、皆さん。これが「ドツボの神様」が降臨した証拠ですよ。
こんなハマり方、ふつーしないでしょう??
 しかも、私が乗る前にかなりな人が黄色ちゃんに乗ってた訳ですよ。

 それが、私が乗って、すぐに発症しなくて帰り道でこんな風になるという、、、、、ウワワワワーン!!!!

 そそくさとメインジェットを元に戻し、エンジンをかける。
かなり大量の青白い排気煙を上げつつ、あっさりと黄色ちゃんは蘇生した。

「さすがどつさん!」と羨望のマナコで見る小松さん。

いや、こんなのメンテの内にはいりませんって、、そ、そんな目でみないでぇ〜〜っと思わず両手で胸を押さえてうずくまる私。
しかし、疲れた。色んな意味で疲れた、、、、


 こんな疲れた気分をナントカしてくれるのが、摺上観光自動車の隣にある「摺上庵」なのだ。



 K−4ファンサイトのビジネスモデルでも紹介しているけども、この存在は大きい。
山奥に咲いた一輪の花、いや山奥のオアシスか。

 ここの玉こんにゃくは絶品で、たった¥100で美味しいのですよ。
普通、観光地ならボッたくるじゃないですか。まあ、2本で¥350とか。
 しかーし、ここは1本¥100。しかも手捏ねなんですよね。

というわけで、疲れた体を摺上庵でリフレッシュするのだ。おばちゃーん、玉こんにゃくとタマゴ!それとラムネ♪



 これで¥200ですよ。安いよねぇ〜。
ラムネで喉を潤し、玉こんにゃくをパクついてお代わりをする頃にはまた天気が悪くなり、雨が降ってきた。



雨に濡れる黄色ちゃん。
基本的に営業中は外に置いてあるのだけど、シート類はすべて外してある。



 その後雨がものすごい状態になって、こんな感じで3台ともずぶぬれに。
このアングルはK−3がもっとも不細工に見えてしまうアングル。
私が撮る写真で正面からのスナップが少ないのはそのためだったりする。

こうして見るとちょっと小顔なK−4の方が格好良く見えて少しジェラシー(爆
こんなに雨が降っていても摺上観光自動車はちゃんと営業しているし、合羽もちゃんと準備しているとのことだった。
えらいなぁ・・・と思いつつ、その根性に頭が下がる。

そりゃー会社として営業しているんだもんね。当たり前の話なのかな。でもその当たり前を実行するにはえらい努力が必要だと思います。
澁谷さんが不在な時は小松さんがすべてここを切り盛りしているので、1人ですべてをこなすの大変さは尋常では無いでしょう。



雨にたたずむトゥクトゥク。
これも実際にタイから送られてきて、国内仕様に改造し、この日は澁谷さんが雨避けのサイドビニールカバーを取り付けておりました。


 摺上観光自動車のもっとも信頼されている赤くんとの2ショット。
このメカニカルな風貌がタマランのですわ。

 実はこの後、少し雨が止んだので小松さんと澁谷さんの奥さんと、私でプチツーリングをしたのでした。
マイクロカーのツーリングは初めてだったのでとっても楽しいひとときでした。

 ツーリング先はここから7キロ先にある「もにわの湯」まで。
ここは隠れた温泉スポットで実に多くの人々が集う名泉なのです。
平成11年にオープンし、7年間で100万人も来る温泉とのことでした。なんと言っても入浴料が大人¥250と格安!
ただし、タオルや石鹸などは無いので、自分で持ってこないといけません。(タオルだけ売ってます)



 ここに、この3台が揃ったのですからそりゃもう、人だかりですよ。
特におじーちゃんのハートをグワシっと掴んで記念撮影とかしたり。

 そのあと、事務所に戻ろうかとおもったらものすごい土砂降りに。
もう、目も開けないほどの雨の勢いにおののきながらK−3を飛ばす。

 うちは大ちゃんバーで武装しているので、あっという間に事務所に戻りましたが可哀想なのは小松さん。もっと可哀想なのは澁谷さんの奥さんだった。
私から遅れること3分くらいで小松さんが帰還しましたが、奥さんがなかなか帰ってこない。

「これは救助隊を出した方がいいのでは・・・」と皆が思ってトゥクトゥクのスタンバイをしようかと動いた時に、ようやく戻ってきたのだった。

 みんなずぶ濡れ状態だったが、こんな土砂降りツーリングなんてナカナカ出来ない。
良い経験をさせて頂きました。

 しかし、やはり大ちゃんバー装備車と未装備車では走るステージがまったく違う。
最高速の差が10キロくらいでもそこに至るまでの時間が全く異なるのでツーリングは気を遣って搭載車の方が待っていないといけない。
これが意外にストレスになる。

 やはりツーリングは同じくらいの性能の車でないと上手く成立しないのだなぁ〜と実感した。

しかし、営業車であるこの黄色ちゃんと赤くんに大ちゃんバーを装着するのは無理な話なので、そこだけが少し残念だ。
このツーリングの後、小松さんにK−3に乗って貰ったのだが、「全然違う!」と興奮気味に話す上気した表情が印象的だった。

 みんなでずぶ濡れの頭をタオルで拭きながら、お互いの健闘を称えた。
澁谷さんの奥さんはその後赤ちゃんにミルクを飲ませるために車に戻ったが風邪を引かないと良いのだけれど・・・と心配になった。

 その後小松さんに売り物にはならない玉こんにゃくを分けてもらい(その日は営業終了前に完売だった)、つつきながら昆布茶を啜る。

 今日は雨降りだったので色々と話が聞けて良かった。
今回の目的の1つにK−4ファンサイトのビジネスモデルの記事を書くための取材というのがあったのだが、ソコソコ話を聞けて良かった。
明日も時間が取れればまた来ても良いかな〜?と尋ねたら快諾して頂いたので、「明日また来ます〜!」と言って、摺上観光自動車を後にしたのだった。

17時25分

そして向かったのは摺上ダムの下にあるJA経営(だと思う)の雑貨屋さん。
ここで、小さなネスカフェエクセラの小瓶と、石鹸、豚肉160gと、ポテトチップスを1袋購入した。
お店のおばちゃんはとても気さくな良い人で、「あー、全部一緒の袋でいいよ。分けなくても」と一言いったのだが「そうはいかないでしょー。フフ」っとなぜか「フフ」っと笑いながら石鹸チームとその他チームをビニール袋にそれぞれポポン入れ手渡してくれた。
気遣いに感謝しつつ、もにわの湯へ向かう。



 まずは温泉に入ってこの冷えた体をなんとかしないと間違いなく風邪を引くと予感してたので熱い温泉は本当に心強い。
しかも安いし(ここ重要。
 まずは、靴を脱いで室内へ。
入り口左手にある券売機で入浴券を購入し、受付へ渡す。

 男湯ののれんをくぐると脱衣所があり、そこで、そそくさと着替える。
ロッカーは100円を入れておく形式なので、財布からちゃんと100円取り出して置くように。

 流し場で体をささっと洗ったあと、「うぅぅーー」とか「あはーん」とか良いながら湯船に浸かる。
湯船といっても掘りこんでコンクリで固めて体裁良くした湯船なのだが、まあ一般的な公衆浴場のお風呂です。

 ここは、露天風呂もあるので、露天を楽しみたい人は、この湯船からでて外に通じるアルミ戸を開けて股をタオルで隠しつつ移動すれば、そこには4畳半ちょいのサイズの湯船がある。
 ここで空や山を見つつ湯に浸かれば俗世の悩みなどお湯と一緒に流せるってもんです。

とまあ、サスガに温泉の中の写真はないけど、快適な温泉でした。

 体がポカポカのうちに早くテントを設営して晩飯の準備をしなければならない。湯冷めしたら本当に風邪引いちゃうからね。

ということで、すぐ近くの広瀬公園にK−3を走らせようと思ったら、K−3に人だかりですよ。

少しの間、K−3にイタズラでもするんじゃないか?もししちゃったら現行犯でクヌヤロってするからな!!と様子をうかがっていたが見てた人は遠巻きにグルグルっと眺めて、後にナンバープレートが付いているのを見て大げさに仰け反ったりしている。

 K−3を見ている人を見ているのって楽しいなぁ(笑

 しかし、楽しいからといってそのまま立っている訳にはいかないので、「はい、すんません、すんませんよ」と輪を切り崩して、着替えをK−3に積み込む。

取り巻いていたのは、宮城から観光で来ていた御家族一行様で、まずは長であるおじーちゃんが「面白い車だねぇ」と切り出して来た。

「そうですねぇ。こんなのナカナカ走ってないでしょうねぇ」と愛想笑いをしつつ、手は止めない。
次ぎに旦那さんが「これって、なに?変わったナンバープレートだよね?青のプレートって初めてみたよ」と言ってくる。

「これはミニカーっていって・・・・」と説明する。驚く一同。口々に「そんな規格あったんだぁ・・・」と目を見合わせる。

「これ何キロくらい出るの?」とか「何cc??」とかお決まりの質問が出るので80キロくらい出るし、50ccですよーというとまたまた一同仰け反る。

 宮城の人ってこんなオーバーリアクションだっけ??と感心しつつ「この先のすりかみ観光自動車ってところで、500円くらいで乗れるみたいですよー」とさりげなくPRしておく。

 こういう地道な活動が大切なんだよなぁ。えらいなぁ。オレ。

 興味を一番持っていたおじーちゃんが、「じゃあ、ちょっと明日にでも行ってみるか」と言い出した。

 心でガッツポーズを取りながら、「そろそろ行きますんで・・・」と人だかりを後にする。



広瀬公園はこんな感じの立派なキャンプ場でなんと!水洗トイレまで完備している。
でもって、なんとなんと!今シーズンは利用料無料というキャンプ場なのだ。
摺上ダム周辺には何カ所かキャンプ場があるけれども、無料には勝てないよねぇ〜。

ちなみに水洗トイレのコンセント類は使えませんので、こっそりとW-ZERO3[es]を充電しようと思っても無理ですよ〜。
また、炊事場やトイレの電灯類はすべて人体センサーになっているので消し忘れもしない親切設計でした。

カマドも何カ所かあったけど、使った跡があるのは数カ所だけ。ほとんど未使用でした。

17時48分

しかし利用者はこの日私だけだったみたいで1人でポツンとキャンプ場のど真ん中に設営するのが気が引けたので端っこの方に設営した。
実際にこの選択は正解で、サイトの場所によっては軽く水たまりになってしまうところも有りました。

隅っこのここは水はけも良く、なんといってもK−3の直ぐそばという安心感が良いです。

(テントとK−3。カッコイイなぁ・・・)



こんな感じでテントを設営。
ポールは3本構成で、直線ポールを2本交差させて設置したあとに、入り口を囲む曲線ポールをセットすると自立するタイプ。
設営自体は5分も掛からず完了です。お手軽〜。

 風が無かったのでペグは打ちませんでした。



5年モノくらいのヨーレイカのテントだけど、造りが良くてしっかりしてます。
ただし、フライシートがカビてます。気にしてません(笑



食材や荷物をテント内に移して、天気は依然として怪しいので、K−3にアマテラス1号を設置する。
カバーシートを持たないK−3にとって、アマテラス1号が唯一の防雨対策なのだ。

さ〜て、そろそろ食事の準備を・・・ということで調理開始!
ちなみにこの辺はクマや猿が多く出没するとか。
まあクマは来ないけど、猿が来たらイヤだなぁ〜。

 丸いまな板はダイソーで買ったもの。
イスもダイソー。
 このイスは天板がプラスチックなのでちょっとしたミニテーブルにもなる優れものなのだ。
 煮物の基本は熱の通りにくい根菜類をいかに早く処理するかにある。



 カレーの準備でにんじん、タマネギ、ジャガイモをアーミーナイフで加工していく。
少し小さめにしてあげれば熱の通りも早く調理時間を短縮出来るのだ。
 アーミーナイフは拘りのビクトリノックス製。
使い始めて20年くらい経つ年代ものだがまだまだ現役。ちなみにピンセットとツマヨウジはとっくの昔に無くなった(笑

コッヘルを取り出して、豚肉を炒める準備もする。
豚肉も細切れにするが、なかなか豚の脂がブレードに付いて切りずらい。



これはお米を研いだ所。
充分に潤かした後に炊きます。
1人前のご飯の量って結構難しいんだよなぁ〜。
 とりあえず指の関節をたよりに水加減をする。



 コッヘルに油を投入し、ストーブにかける。
ここで油断していると油に引火し豪快な火柱が上がることもあるので注意が必要だ。
というか過去に目玉焼きを作ろうとしてそんな状態になり、かなりオロオロした記憶がある。

 油がピンピンっと跳ね上がったトコロで豚肉を投入。
焦がさないように注意する。アルミのコッヘルは肉厚が薄いのでどうしても焦げやすいのだ。

 炒め終わった豚肉に切った野菜と水を投入し、火力を上げて沸騰させていく。
コッヘルが小さいので水もタプタプです。

 こまめに灰汁を取り除くのが美味しいカレーの秘密です。



 これはご飯を炊いているところ。
コッヘルの上に水の入ったペットボトルを置いていくらかでも圧力をかけて炊きます。
これは美味しいご飯への心遣い(笑

 出来ればお米は30分以上水につけて置いたほうがいいのだけど、今回は急いでいるので5分くらいで終了。

 火力は全開で一気に炊きあげ、吹きこぼれてきたら火力を下げて調節し、吹きこぼれの量が少なくなって香ばしい匂いがしてきたら炊きあがりです。
その後このままひっくり返して蒸らします。



 暗くなってきたので、ランタンを点火。

 すると、道路の奥から聞き慣れたエンジン音が。
摺上2号のトゥクトゥクで小松さんがニコヤカに来てくれたのだった。

彼もこの後帰って自炊とか。

 カレー2人分作ってればごちそうしたんだけどなぁ。

広いキャンプ場だったので、心細かったけど、小松さんが来てくれて少し和みました。有り難う。

少し雑談したあと、小松さんは帰っていった。ご苦労さまです。

18時49分

 上の写真のK−3脇に転がっているのが蒸らし中のご飯で、ストーブに書けてあるのがカレーです。
ゴールデンカレーは久々なので、懐かしい匂いがあたりを包みます。
 出発前にボロクソ言ってしまってスマンかった、ゴールデンカレーよ。



 カレーもだいぶ煮込んだおかげで具も柔らかくなったので、ストーブから下ろして食事にする。

 スプーンはフォークとセットになっていてアーミーナイフのような感じになっていて便利なのだ。

自然の中で食べる食事は本当に美味しいですねぇ〜。
1人でちょっと寂しいけれど、まあ、そこは自分のペースでなんでも出来る気楽さとのトレードオフになるねぇ。

 ランタンの光は実に味があっていい感じに食材を照らしてくれる。
でも少し離した所に置かないと、カレーに予期しない具材がドバドバっと入ってくるので注意。

さて、いい雰囲気だけどまだ午後7時前。
今日は長距離を走ったし、雨にも打たれたので早めにテントに潜り込む予定。



 食事を終えてテントに潜り込んだあたりで、また雨が降り出した。
寝袋に入って、W-ZERO3[es]で曲を聴きながら、椎名誠の単行本を読む。
最初に読んだのは「わしらはあやしい探検隊」。

 いったい何10年前の作品なのかは知らないけれど、今読んでも色褪せなく面白い。
結局この日は10時過ぎまで本を読んだり、摺上観光自動車のインタビューの内容をW-ZERO3[es]でまとめたりしていたが、目を開けているのが辛くなり寝ることにした。

7時57分

 キャンプ場の朝は早い・・・・というが、この日は8時近くまでダラダラとしていた。
夜中から早朝にかけて時折強い雨が降る。
 ボディーカバーなどを掛けていないK−3が気になっていたが、傘も合羽も無いので雨が小降りになるまで外にでて確認することが出来ない。

 しかし、ようやく雨が止んできたので外にでてみた。



 すでにアスファルトは乾いている所もあるが、繰り返し降った雨で地面の方はまだ濡れている。
K−3もボディがビショビショだった。

 これまで屋根付き車庫に大事に保管してたのだが、初めてこんなに濡らしてしまったことにちょっと罪悪感。
あ、でもそんな事言ったら野ざらしなMC−1はどうするのだ(汗

 K−3のシート類はテントの中に収納しているので安心だが、肝心の運転席の状態はどうかというと・・・



 実質的に全く濡れていない。
アマテラス1号によって完璧に雨がブロックされております。
 頭を通す穴の所はさすがに濡れているが、ここはちょうどフロアがへこんでおり水抜き穴もあるので上手く雨水が排出されたようであった。
アマテラス1号は折り畳めはコンパクトであるし、吸盤でペタペタっとくっつけるだけで走行時にも外れることがない。

 また、ハンドルやメーター類を完全に水から守ってくれる。

 お手軽な工作で出来て効果もあるのでお勧めである。
 しかし、これ、透明な素材で作らないと結構微妙なので注意である。

 小松さんにも、「透明だから良いですけど・・」と言われたし(涙




 水滴がびっしりと付いたK−3のボディ。錆びるのやだなぁ・・・。せめてあと3年は錆びないで欲しいと切実に思う。

 透明なシートはボンネット内部に入り、シートの一部はボンネットロックヒンジに通してあるので意外に堅牢であった。
これがあれば雨の日でもバイクよりは快適にドライブする事が出来る。
 出来れば幌が欲しいのだけど、フロントスクリーンとセットにしないといけないし、ワイパーの問題、ドアの問題など色々と課題は多い。

 さて、アマテラス1号の効果を確認したので、朝飯を作ることにする。

キャンプとは先ず飯作りでもあるのだ。

朝のエネルギー補給は、その後の活動がどれほど効率的に進むか左右しかねない重要な問題である。
 しかしながら、まずは何か1杯飲みたいと思い、コーヒー用のお湯を沸かす。

で、余ったお湯に切ったタマネギを投入する。

目下の所、タマネギ・にんじん・ジャガイモの在庫が豊富なので大判振る舞いなのだ。



 グラグラ煮たってきたので、作り置きのネスカフェエクセラを飲む。
とってもチープな飲み物であるが、この場所で飲むこと自体がかなり贅沢ではないか。
 最近のエクセラは風味が逃げないように窒素ガスと珈琲のアロマガスを封入しているので最初の数杯はとても香りが良い。

 これでみそ汁の準備は完了。あとは火から下ろしても余熱で野菜はぐったりと柔らかくなる。
次ぎにお米を研いでご飯を炊く。
 昨日のご飯は少し、柔らかかったので水加減を調整する。人間とは学習する動物なのだ。

 ご飯の入ったコッヘルがパキパキっと言い始めて香ばしい香りがするので、火から下ろしこちらもひっくり返して蒸らしておく。

 その間、再びみそ汁を加熱し、煮立った所で火力を弱めて味噌を投入。
 このとき沸騰させてしまうと味噌の香りが飛んでしまうので、沸騰させないようにする。
 ほどほど煮えたら、次はオカズ作り。

 ヨード卵の目玉焼きを焼いて・・・




 はい、朝ご飯の出来上がり〜♪

W-ZERO3[es]でガーネットクロウの曲をかけながら朝食を取る。
本体の小さなスピーカーから流しているので、さほど大きい音ではないが、静かなキャンプキャンプ場なので申し分ない。
ゆったりとした時間の流れを実感しつつ、最初にみそ汁を啜る。
タマネギとジャガイモの定番のみそ汁である。

 タマネギの甘さが口に優しく、ジャガイモのホクホクした食感がたまらない。

これに白飯とヨード卵の目玉焼きである。

 卵を半分、白飯に乗せてその濃厚な黄身の部分にだし醤油をトロ〜っと垂らし、ワシワシと食べる。
ああ、日本人で良かった、、、

 その後、これまた醤油をかけたシーチキンの缶詰を白飯に投入する。

 もはや白飯の上は楽しい戦場である。ボリュームに気圧されながらも孤軍奮闘する。

 外の空気はまだ寒々としているが、みそ汁で体はポカポカである。




今回のキャンプでは、この写真のものをすべてK−3に積んで行った。



とりあえずまとめると、

テント ヨーレイカ ライジング・サン
寝袋 スノーピーク マミー型
ランタン コールマン アンレディッドシングルマントル
ストーブ コールマン アンレディッドシングルバーナー
工具一式
水ボトル 2L
着替え一式
コッヘル スノーピーク製 2セット
単行本 2冊 
パイプイス ダイソー
クーラーバック (食材・調味料など)
グランドロールマット
グローブ
アマテラス1号

 実際、これだけのものをMC−1には積んでいけないだろう。
さすがは米袋を運ぶだけのマイクロカーである。

 早々にテントを仕舞いたかったが、その度に雨が降り出してなかなか撤収出来なかった。

 ビショビショな状態で仕舞ってしまうと後が大変なのだ。

 空を恨めしく睨んでみるが仕方がない。また本を読んで時間をつぶす。

 結局はお昼になってから、摺上観光自動車へ向かったのであった。

12時7分

 この日は澁谷さんは建築関係の打ち合わせで別な所へ出張中ということで小松さんがレンタカーを切り盛りしていた。

昼を過ぎてやや天気が持ち直して来たおかげか昨日よりはお客さんが来ていた。

私もほぼ「店の人」と化してお客の相手をしたりマイクロカーの説明をしていた。

でもって時間が空くとWEBネタ用の写真を撮ったりとか、小松さんにインタビューをしたりとかして過ごしていた。

これは赤くんに止まった虫の1枚。

K−4の魅力に虫も寄ってくるわけですよ。すごいなぁK−4。



 当然、虫ならば無料でK−4に乗ってOKなのだ。免許も要らないけど運転も出来ないけどね。

 中学校で野球部のピッチャーをしている少年もK−4に乗る。
投球フォームを見せてもらったけど、野球に詳しくない私が見ても時速150キロは超えそうなフォームだった。

 少年は「まだ運転は出来ないけれど、免許免許取ったら運転しにまた来る」とのことだった。
 あと数年後だね〜。ガンバって免許を取って乗りにきてください。


 しかしマイクロカーとは思えぬスケール感だなぁ・・・。



こちらは、夫婦で来られてたお客さん。

福島市内の映画館で車のアニメを見てきたとのことだった。
ものすごく思い入れたっぷりに話しをしてくれたのだけど、すっかりタイトルなどは失念してまった。面目ない。

 この人はKATANAに乗っており、ふとRIOさんの事を思い出す。
KATANA乗りにマイクロカーというのはどこか心の琴線に触れる部分があるのだろうかと考える。



 この人、身長170cm以上あってかなり良いガタイをしているのだけど、写真の取り方でやはりK−4がでかく見える。
マイクロカーショップの最初のK−4の告知も人が乗った状態で撮影すれば良かったのにとつくづく思う。

 K−4という車は本当に人が乗ってサマになる車だと思う。

 この後も数人、K−4のレンタカーを利用したが、マイクロカーに乗って帰ってくる人は本当に笑顔である。
どんなにムスっとした人でも、摺上観光自動車事務所前のストレートをK−4で流してくるとニコニコになってくる。

 マイクロカーは乗ってみないと本当の楽しさが伝わらない。
これまでのマイクロカーはデザインが奇抜でそれ故に敷居も高かったと思う。

 今回のキャンプの目的は、K−3での遠出と摺上観光自動車のマイクロカーを使ったビジネスモデルとしての取材であった。

家に帰らないとK−3での遠出達成とはならないが、ビジネスモデルとしての取材に関しては、実際にお客さんに接することでマイクロカーの魅力を伝えるという事から言うと、このレンタカーというのは非常に優れた方法であると感じた。

 ダム湖周辺でのレンタルということで町中で貸し出すよりもかなりリスクが少ない。また、乗る方も人が多く居ないので敷居が低い。
しかし、マイクロカーの魔力は一度乗ると、こんどは人に見て貰いたくなる部分にある。

 そうなれば、飯坂市内でも貸し出しを見当している摺上観光自動車の展開は非常に理に適っていると言えよう。

 詳しい話は、K−4ファンサイトで述べているのでここでは多く書かないが、今回の取材では多くの事を学んだ気がした。

 顔だけ出して帰る気でいたのだけど、お客さんの相手をしたり小松さんといろんな話をしていたらすっかりと遅くなってしまった、、

 ちなみに、旦那さんがK−4でブホ〜っと行ってしまって暇そうにしてた奥さんにK−3を貸して見たのだが、チャンバー音だけでビビってしまって「無理無理!!」と愛想笑いを浮かべつつ早々に降りてしまった。
 サイレンサー焼く時期かなぁ・・・。

16時25分

 そろそろ帰らないとかなりマズイので小松さんの記念写真を撮ってから別れを告げてK−3を走らせる。
 小松さん、2日間に渡ってお世話になりました!




 急いで帰らなければ・・・と思いつつ、アクセルをベタ踏み状態で飛ばしてみるが、少し走ったらモノスゴイ土砂降りになってしまった。
こうなるとあまり前も見えなくなってくる。
 焦りつつ、サングラスの水滴を指で拭う。



しかし、明るい色のサングラスでも、雨粒が付いてしまって前がかなり見づらくなる。

 また、雨故にデジカメで撮影することも出来ず、帰りの写真は極端に少なくなっております。ごめんなさい。
基本的に来た道をそのまま帰るルートを使用した。

 摺上ダムから国道399号線に出るまではかなりつづら折りになっている下り坂を普通車に追従する速度で下っていった。

しばらく走って、国道13号に入ったのだが休日の夕方なのに大型トラックがやたら多かった。
 挟まれるともの凄い恐怖感である。
水しぶきもシャレにならない。

 泣きながらもなんとか走る。健気だな。オレ。

しかしながら、その頃にはK−3のガソリンの残量も心許なくなってきたので、ガソリンスタンドを探しまくる。
入るタイミングを何度か逃しつつもようやくエネオスのスタンドに入ったのだった。

 スタンドではじーちゃんとバイトの若い高校生くらいの青年が2人で目を丸くしてこっちを見てた。

 とりあえず「ハイオクで」と告げてK−3から降りる。

 それにしても、K−3というかマイクロカーの給油って結構難しい。
というのも勢い良く入れられると必ずあふれ出させてしまう人が多いからだ。

気長にチョロチョロ〜と入れないとダメなのだが、なかなか店員にそう言っても上手く出来ない。
ということで、セルフじゃないスタンドでも自分で給油しているのだが、そこのスタンドはじーちゃんがすべてを仕切っているようで、「自分で給油したいんですけど・・・」と言ってもガンとして聞いてくれない。

「いや、これ結構難しいんですよ」といっても、じーちゃんは変に自負心を傷つけたのか「いや、ワシがやりますから」と言って頑なに拒む。
少しの間「入れさせろ・入れさせない」でもめて、いい加減疲れてきたので、サスガに切れて「じゃあ、他でやるからいいよ!」って言おうかと思った頃に、急にじーちゃんが折れて給油ノズルを譲ってくれた。

 達成感の無い勝利である。

 しかし、ここのスタンド設備が古いのか、いつもセルフスタンドで使っているやつはレバーを引いている間だけでるタイプなのだが、ここのやつはレバーを引くとロックするタイプだった。
かなり微妙な指加減でロックさせないように給油する。
 6リッターになったら教えてねとじーちゃんに頼んだのだが、じーちゃんは2〜3リッター刻みでメーターを読んで教えてくれる。どんだけ正確な音声メータだ(笑

 じーちゃんの協力の下、無事に給油を済ませフューエルキャップのロックをする。
満タンなので南相馬市までは余裕で大丈夫だろう。

 最後に頑固なじーちゃんに見送られながらスタンドを出て福島市内に入る。ありがとね。じーちゃん。

 この頃になると雨もかなり小降りになったが降っていることに変わりはない。
雨の日のトンネルは恐怖であるのは変わりないけどありがたい。

 国道13号線から市街地に入る。

 福島市内は休日の夕方ということで少し人通りは少ないが、それでも多くの人が通りを歩いている。
ここでも多くの人の視線を集めながらK−3を走らせる。

 17時31分

 福島市内を抜けて、飯野へ向かう。
 ずーっと登り坂を走るので、K−3にとっての負担が心配だ。
選んだルートは旧道なので後続車もなく安心なのだが・・・。

雨はすっかり上がったが、まだ雲は厚く何時雨が降ってもおかしくない状況であった。



 アマテラス1号を付けて走ると体に当たる風が無いので体力の消耗の少ないのに気付く。
これって冬もいいなぁ〜と思いつく。

 さらにフェイスガードもあったら完璧なんだけど、いいのが思いつかない。

 摺上ダムから1時間ほど連続で走ったのでK−3を休ませる事にした。

ここは野城っていうバス停の有るところ。

一体何時の時代に建てられたか判らないバス停の前でスナップを撮る。
ピサの斜塔なみに傾いているけど、大丈夫なのかなぁ。

 時代を感じさせる風貌です。
 


 ここでK−3の荷物の崩れなどを直しておく。
もし、落ちたら事故の元なので。
 クーラーボックスは空になっているのでタイヤにくくりつけてます。
荷物置き場には網のゴムカバーが欲しくなるね。



 エンジンメンテナンスハッチを開けて、プラグの焼け具合もチェックする。

ようやく色が付いてきたなぁ〜と、この時は思っていたのだけど後日ヘッドガスケット2枚重ね状態でエンジンを組んでいて圧縮が落ちてたことが判明。
燃焼室はカーボンべったりでよくまあデトネーションしなかったなぁと感心するほど。
まあ圧縮が低いから助かったのか(汗



 この後も、休みながらK−3を走らせる。
行きのトラブルも困るが、帰りのトラブルはもっと困る。
途中コンビニに入り、我慢してたトイレに直行。

 肉まんを買って頬張りながらメールチェックなどを済ます。

 小休止をしたのでまた走り出す。(休んでばっかりだ、、、

飯野町から川俣町に入り、交差点で信号待ちをしていたらレンガ色のセブンが路地を曲がるのが見れた。

 こんな田舎で乗っている人がいるのかぁと感心したが脇に並ばれるとちょっと恥ずかしいかなぁと複雑だった。

 フレイザーFC4だとしてもリッターセブンが並んだら恥ずかしいかなぁ・・・。

 18時10分

 今回のドライブで最大の難所は、八木沢峠よりも川俣町から飯舘村に抜ける長い上り坂だった。
回転数は7000rpm程度に落ち込み、時速24キロでノロノロと上る。

 その間、ドンドンと他の普通車に抜かれていく。
屈辱的であるが、能力差なのでしょうがない。
祈るような思いでアクセルを踏んでいく。
 「これで時速20キロを下回ったらやばいなぁ・・・」というのが目下の心配事か。
その時はWRも交換しないと・・・と憂鬱になる。

 K−3はそんな私の心配を察したかのようになんとか20キロを下回らないで坂道を上がってくれる。



 そしてWRを交換することもなく、この坂を上りきった。おつかれ〜!

あとは緩やかな下り坂が当分続く。
ということで、下り坂を臨む路肩で小休止。

 エンジンが冷えた頃に再発進する。

 K−3にとっては負荷が軽い状態なのだが、たまにレーシングしてエンジンを冷やしながら走り続ける。
これは雨蛙さんに教えてもらった方法。
 なんかの理由で薄くなっている場合は、吹かした後のタコメータの戻りが遅くなるので注意とのことだった。




 18時22分

 飯舘村に入った。
 村唯一のローソンで休憩する。

 しかしそれにしてもこんなスタイルの車にロールマットやクーラーボックスを積んで一体このドライバーは何をしてきたのだろうとみんな訝しげに見ているんだろうなぁ。

 バックランプがつきっぱなしなのは、シフトレバーの根元にあるマイクロスイッチの調子が悪いからです。
10分ほど休憩して、またK−3を走らせる。ここでは何も購入せず。体も休めました。



 それにしても、K−3は一度ピストン穴あきを経験した割には良く走ってくれる。

 本来ならクランク洗浄では根本治療になっていないので、クランクベアリングの交換なんかをしないといけないのだが、気休めのZOILを入れただけのメンテナンスで全くのノントラブルで走ってくれる。
 でもベアリングは早々にダメになってしまうんだろうな。
 ツール関係も無いので、師匠の所に発送して直して貰うのが一番いいかもしれない。

 飯舘村は南相馬市に向かって、わりあいと平坦路やきつくない登り坂の連続なので幾分高速に走る事が出来る。

 18時22分

 しかし、石坂ポロトンネルを抜けるまでは長い登り坂が続く。
ここでもK−3はヒーヒー言いながらなんとか上ってくれた。おつかれさん〜!
ということでここでも5分ほど休憩する。
 ここまで来たってことは、南相馬市に戻ってきたってことですね。

 道路も路肩もしっとりと湿っていて、こっちも雨が降ってたことが判る。



 八木沢峠は飯舘村からならば、さほど難所ではない。
というのも峠の入り口までは長い下り坂になっており、その坂を使って直線の長い坂を加速して登れるからだ。
 ちなみに上っている最中は時速60キロくらいで坂の中間地点まで一気にあがり、頂上に着いたときには時速50キロくらいだ。

その後の下り坂は普通車を越える速度で下ることも可能である。
上り坂で後に連なっていた普通車が、八木沢峠のコーナーを抜ける度に減っていく。

そうしてとうとう後続車が居ない状態になって、ソロツーリング状態で下っていく。

 その時の映像はこんな感じ。
 思いっきりぶれているので時速300キロくらい出てそうですが、法定速度内であるのは言うまでもない(笑
 


 このときの時間は18時44分。
意外に辺りはまだ明るいのでヘッドライトはあまり用をなしていない。

峠を抜けると緩やかな直線の下り坂が集落の入り口まで続く。
もはやワインディングをレーシングカート状態で下っていく。

あともう少しで南相馬市市内だ。





 18時56分

町中に入った。
もう、家の近所に来ているので一安心だ。
このまままっすぐ家に帰ってもいいのだが、雨に打たれてかなり体が冷えている。
ということで、なじみのラーメン屋に行って熱々のラーメンを啜ってから帰ることを思いついた。




 19時05分

 実は南相馬市には隠れたラーメンの名店がある。
地元民には余り指示されていないのが歯がゆいが名だたるラーメン王が4人もわざわざ食べに来るほどの店なのだ。



 これがその名店である「旭川ラーメン ゆーから」である。

少しネットで「福島 ゆーから」で検索すると2000件くらいヒットする。
南相馬市地方に昔からあるラーメンは、

・甘い出汁
・柔らかい麺
・味の素
・油なしのさっぱり味

が原則で、そもそも町の食堂が片手間に作っているラーメンなのでそのクオリティを望むのは酷なのだ。

ラーメンほど、地域色の出る外食は無いだろう。
カレーとかハンバーグではなどは大体の「標準味」というものが存在している気がする。

しかし、ラーメンは基本的に近所の店や行きつけの店が基準になっており、そこから脱却するのが難しいのだ。
ここのラーメンは、
・油大目(といってもムカムカくる感じは無い。むしろスッキリ)
・麺堅め
・味濃いめでハッキリとした感じ

なので、地元の味とは真逆といえる。
それ故に地元民に指示されていないのだが、休日になると県外ナンバーの車がくるほどなのである。
でもまだまだ大繁盛という感じにはならず、なんでこんな田舎で店を出そうとおもったのか一度聞いてみたいのだが、それは野暮だとおもうので聞かない。

ここのお勧めは醤油ラーメンで、注文時に「ぺーぱん仕様で!」と頼むこと。

「ぺーぱん」とはこの店の店主の修業先の店の名前で横浜にある。

これまたネットで「横浜 ぺーぱん」で検索すればぞくぞくとヒットするであろう。ラーメンオタクには外せない店らしい。

 実は、最初ゆーからに行ったときはそんなに美味いと思わなかった。むしろ口に合わない感じだった。
しかし、油の多いラーメンを食べたのに関わらず後味がとってもスッキリしていて驚いたのを覚えている。

 それから通うこと数回、6回目にして初めてこのラーメンの美味さを理解出来た。

「美味いラーメンは1回食べれば判る」というがそんなこと無いと思った。
これまでの観念をリセットするには時間が必要なのだ。その先に見えてくる世界も有ることがラーメンから知ることが出来た。

 店に入ると、まずは女将さんが目を丸くした。

「どうしたの?そんな格好で??」と聞かれた。

 そんな格好??・・・・ああ、たしかに初夏というのにボア付きのGジャンを羽織ってまるで季節感無しだ(汗

しかも帽子はビショビショだし。

 とりあえず経過を説明して、家に帰らず真っ先にラーメンを食べに来たことを告げると、女将さんは笑っていた。

(これが醤油ラーメン ぺーぱん仕様である。ちなみに私が頼むときは「味濃いめ」で注文している)



 熱いラーメンを時間をかけて楽しみながら、祭りの後のような寂しさを感じた。
これを食べたら家に帰る。
 そこで今回の遠征は終了する。
2〜3日キャンプでもしていればもっと遠くに書くことも写真も多く出来たかなぁと漠然と思う。

 それにしても美味いなぁ〜。ここのラーメンは。正直な話、ここ意外のラーメン屋に行くことも無くなってしまった。

 時間をかけてラーメンを堪能し、再びK−3に乗って市内を走る。



 田舎の町はすっかり夜を纏っている。
車の通りも少なく、K−3は我が物顔で道路を走る。
町の街灯が光りの帯になって流れていく。

旅は間違いなく終焉に向かっている。

ガレージまであと1kmを切った。

 19時30分




 数分後、雑然としたガレージルームにK−3は収まっていた。

ボディはびしょ濡れ、下回りは泥だらけである。
 タイヤにくくりつけたクーラーボックスは傾き、荷物かゴミか判らない状態の物体がドライバーシートの脇に転がっている。

 ガレージもまた、出発の時の慌ただしさそのままの状態であった。
しかし、確実にこの車は摺上ダムまで走り、オープンカーでありながらキャンプを行って帰ってきたのだった。

 今回走った距離は251kmとマイクロカーの長距離組の移動を考えれば少ないが、これまで通勤程度にしかマイクロカーを使っていなかった私にとっては距離に変えられないほどの収穫があった。



 それはK−3への信頼感を深めた事だったのかも知れない。

 あるいは人との繋がりを持てた事だったのかも知れない。

 一言で言い表せない達成感を感じながら、私はK−3を見つめていた。

 本当に良く走ってくれた。その言葉しか出なかった。

そしてゆっくりとガレージルームの扉を閉めた時に旅が終わったのであった。